ちんちんの話

「ここにいない誰か」「ここでない何処か」と、自分たちを比べたりするから、負けた気がする。劣ってる気がする。逆に見下したりする。大事なものは「ここにある」ことを知り、それだけを見つめたらいいんだと思う。それはきっと、「ほどほどを知る」ということなんだな。もちろんいい意味でね。

ちんちんの大きさの話じゃないよ。

僕がこんなきれいごとみたいなことを言い続けるのは、劣等感まみれな自分自身が、頻繁に人と比較して落ち込んだりするからなんです。自分に言い聞かせるためにつぶやいてる様なところがある。ちんちんの話じゃないよ。

僕の友人は根っこを縛る器具を通販で買って、それでちゃんと大きくなったと喜んでたよ。真偽のほどはわからないけど、ちょっと良いなと思ったよね。… READ MORE

どう生きるかの物語

「地方創生」という言葉には、何というか、匂いを感じないんだよね。「自分たちの地域で何をするか」では無く「自分たちの地域でどう生きるか」が大事なんだと思う。そういう個々人の小さな物語の集積が、その地域の魅力や活性化に繋がっていくんじゃないかなあ。なんて。

それは海士町を訪れた時に感じたかな。海士町で生まれ育った人たち、島外から移住して来た人たち、そんな、海士町で生きていくことを選択した、ひとりひとりの物語の総量が、そのまま海士町の魅力になってる気がしたんだよね。「地方創生」という言葉からはそれが見えてこない。

高知の人たちからは、東京への憧れや、逆に東京なんかにゃ負けないぞ!的なものを全く感じなくて、良かったなあ。大事なものや魅力はすでに「ここにある」ということを知っている。もちろん大変なこともあるだろうけどね。東京をモノサシにして、劣ってるとか負けてるとか考えなくていいんだよね。… READ MORE

嫌いであることを認める

他人から嫌われるのが怖い、なんて人は、自分が他人を嫌いであることを認められない人だと思う。人を好きになるのに理由が無い様に、嫌いなるのにも理由なんて無くていい。自分が他人を嫌うことを恐れなくなれば、他人から嫌われることも怖くなくなるんじゃないか。

他者を嫌う自分を許せなく感じ認めたくないから、嫌いという感情を封じ込め、他者に好かれようと仮面を被って無理をしてしまう。人が好きだから嫌われることが怖いんじゃない、嫌いな人がいることを自分で認めたくないだけなんだな。自分が他者を嫌う様に、他者に自分も嫌われる。それだけのこと。… READ MORE

甘えを許す

最近ベビーカー議論があったけど、公共の場でベビーカーは迷惑だ、ベビーカーは親が楽したいだけの甘えだ、なんて考え方が、結局自分自身の属する社会をギスギスした息の詰まるものにしてしまってると思うよ、僕は。僕たちだって赤ん坊の時に他人に迷惑をかけたのだから、今その迷惑を受け入れたらいいんじゃないかなあ。

自分が甘えられなかったから、あいつも甘えるべきでは無い、あいつだけズルい、と考えるのでは無く、自分は辛い思いをしたからこそお前の気持ちがわかるよ、と考え方を転換出来れば良いのだけどね。まあそれが中々難しいのもわかるのだけど。僕らは多かれ少なかれ、他者に甘えを許されながら、生きている。… READ MORE

居場所としてのイスラム国

イスラム国に行こうとした北大生についての茂木健一郎さんのこの見解に激しく同意。イスラム国のあのプロモーション動画を見たときに、心揺さぶられるものが僕にもあったのを否定できない。 → 日だまりについて。 https://www.facebook.com/kenichiromogiqualia/posts/591372850989376

ちょうど上祐さんの「オウム事件 17年目の告白」読み終えたとこなんだけど、今回の件は多くの人が指摘してる様に、優秀な学生がたくさん入信したオウムと被るところがとてもある気がするよ。次はしんぺーに教えてもらった田原さんの「連合赤軍とオウム… READ MORE

どこかの芝生は青い

もっと綺麗になる必要も、もっと幸せになる必要も、もっとモテる必要も、もっと年収があがる必要も、もっと自分らしくある必要も、全く無いんだからな!周りを見渡せばそんな情報ばかり、それは欲望を作り出してお金に変える仕組み、これを僕は「どこかの芝生は青い」システムと呼んでいる(今つけた)

「あなたはこんなところにいるべきじゃない、もっとあなたらしくいられる場所がどこかにある」なんて嘘っぱちの夢や希望を見せて欲望という名のニーズをマネタイズするのはビジネスにおける常套手段だからな!気をつけろ!… READ MORE

おにぎりを握る

いろんなことが複雑になり過ぎていて、例えば自分の給与がどういう経緯を経て口座に振り込まれてるのか全くわからない。わざわざ誰も説明したりしないしね。そこでね、例えばおにぎり屋さんみたいな小商いをやってみたらいいんだと思う。俺握る、お前買う、以上。大人のキッザニアとかも良いかもね。

僕が引きこもりから脱するきっかけになったのが新聞配達だったんだよね。ただ毎朝配るだけ。スキルもコミュ力もいらない。んでたまに早起きな爺ちゃんに「ありがとう」とか言われる訳。もちろん遅れて怒られることもあったけど。働く、なんてのは、社会との小さな結び目を作ってくことなんだと思う。

「働く」とは、生活の手段であるとともに、「自分とは何か?」という社会への帰属にも繋がる行為。仕事で後者が満たされない時、人は諦めや虚しさを覚える。やりたいことがない、本当の自分じゃない、自分は必要とされてない、なんて。それは社会との結び目がほどけようとしてる状態。だから焦る。… READ MORE

私塾やろかな

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昨日たまたま観たドキュメンタリーでワンネスというフリースクールの特集をやってたんだけど。リバ邸の次はやはり学校に興味があるなあ。

登校拒否で引きこもり時代の僕が、ここだったら行きたかったな、と思えるようなフリースクールをやりたい。

大人数の教室、強制される協調性、運動会、マスゲーム、遠足…全てが嫌だったあの頃を思い出して腹痛…トイレに駆け込む。そういや学校でトイレに行くのが恥ずかしかったのは何だったんだろう。生理現象すらまともに出来ない場所なんてどこかおかしくないか。

そうそう。話し変わりますが、近々、渋谷にて小さな私塾&図書室みたいなことやろうかと思っています。私塾つっても僕が教えられることなんてそんなに無いので、僕も一緒に学んでいく感じ。… READ MORE

等価交換的人間関係

人間関係にまで等価交換的な思考が浸透してしまっている。金を払ってるのだから、こんなに信用しているのだから、こんなに時間を割いてるのだから、こんなに愛してるのだから、こんなに頑張ってるのだから、等価となるものを寄こせ、返せ、と。だから満たされない時に損した気分になってしまう。

全ては等価交換であるべきだ、対価と同等の満足が得られて当然だ、と考える人は多い。等価交換では成り立たないものなんて世の中にはたくさんあるのに、そう思考するから満たされずに不満ばかりが蓄積されていく。そうして欲望が増大していき、また別のもので満たそうとしてしまう。

つまり、みんな消費者的態度でしか人間関係や物事を考えられなくなってしまっている。そのスパイラルに入ると「損した」という不満を常に抱えることになってしまう。金を損した、時間を損した、手伝って損した、心配して損した、愛して損した…なんてね。それって本当に損得で考えることですか、と。… READ MORE

軸をずらす

他者と自分を比較するから劣等感を持ってしまう。自分は人より劣っている、どうせ勝てっこ無い、負けて傷つくのが怖い、どうせ俺なんて…。それはやがて妬みなどに転換され、自他共に傷つけてしまうことになる。比較せずに生きるためにどうしたら良いか。それは「戦う軸をずらす」ということだと思う。

「戦う軸をずらす」とはどういうことか。例えば学校や会社で、試験の点数や売り上げだけを競っていても、上には上がいるしやがて疲れてしまう。だったらそこに評価のモノサシを置かず、いっそのこと軸をずらしちゃえばいい。ずらし先は何でもいいが、わざわざ比較する様なことじゃ無いものの方がいい。… READ MORE

人嫌いは長所

人嫌いな人はそれを長所だと思えばいい。人嫌いだからこそ他者に期待も依存もせず勝手にガッカリすることも無いだろう。客観的に人を見ることが出来るだろう。嫌われることを恐れずに嘘をつかずにいられるだろう。一方的に思うことが出来るだろう。人は人を好きであるべきだなんて思い込みでしか無い。

嫌われることを恐れ、何でも受け入れたりこびたりすること、それは優しさでも何でも無く、ただ自分の自信の無さや不安な気持ちを一方的に押し付ける、ある意味自己中心的な態度であり、相手に全ての判断を委ね、なすりつけ、どの様な結果にしろ相手に罪悪感を抱かせる残酷な態度でもある。

みんなに好かれたい、誰にも嫌われたくない、そんな気持ちから来る寛容性は、実は優しさでも何でも無い。そんな表面的なお人好しの人好きであるよりは、嫌われることを恐れない人嫌いであるほうが、よほど他者に対して誠実であるとも言える。… READ MORE

世間と社会

よく美談とされる「財布を飲食店に忘れて二時間後に戻ったけどそのままそこにあった、日本最高!」と言う話と、「妊婦が電車に乗ってて誰も席を譲らない、日本おわた」と言う話は実は同じで。日本人は自分の関わる「世間」の目は気にするが、自分と関係無い「社会」には無関心なのである。という話。

んで、これ実はよく日本人の言う「空気」いわゆるKY、同調圧力の話に繋がる。自分と関係無い「社会」には無関心だが、自分の関わる「世間」の目は気にする日本人。自殺も、イジメも、マイノリティが生きづらい問題も、全部ここに繋がってくる。

これは日本における宗教観も繋がってくる。キリスト教の絶対的な唯一神の前では社会も世間も相対化されるが、(建前上)無宗教の日本では世間の目が絶対化されてしまう。それがいわゆる「空気」となり、同調圧力となってしまう。… READ MORE

違いを違いとして

僕らが”現代の駆け込み寺”と称してやっているシェアハウス、リバ邸がNHKのハートネットTVに出てました。

日本各地にあるリバ邸は自主性に任せているので色も住人も運営スタイルもバラバラだけど、外部からは「リア充ぽい子が多いイメージ」だなんて声が聞こえてくる事も少なくない。

一見リア充に見えるからこそこれまで見過ごされてきてギリギリの所を生きてる子も社会にはたくさんいると思う。リア充だけど病んでる人も、非リアだけど人生が充実してる人も、そりゃいるでしょうよ。リア充/非リアで人間を分けるやり方は、勝ち組/負け組という言葉くらい僕は嫌いだな。… READ MORE

ジョブズと犯罪者

秋葉原殺傷事件・加藤智大死刑囚の「解」を読む。家庭環境も特殊だったみたいだが、仕事や友人といった社会との接続を失い徐々に追い込まれていくなんてことは今の時代誰の身にも起きうること。社会との断絶を極端なまでに恐れた彼と、自分の違いは一体何なのだろうと本当に考えさせられる。

痛みを与えて改心させる考え方は自分に限らず巷にありふれている、と加藤被告は言う。対向車のハイビームにハイビームで対抗するドライバー、往復ビンタをする教師、子の食事を抜く親、戦争、etc…。いずれも「正しいのは自分で、間違った相手の考え方を痛みで改めさせようとする行為だ」と。

加藤被告の考え方は理解出来ないし自分とは全く違う人種だ、なんて思う人もいるだろうが、僕はそうは思わない。痛みで相手を改心させる、なんて行為は被告が言う様に巷に蔓延しているし、感情の生き物である人間がそういった行動に出るのは理解出来る。理解出来るからこそ、違いは何だろうと悩む。… READ MORE

日本を取り戻す

“戦争挑発者たちは美しい名目をかかげて、戦争を美化し侵略戦争を防衛本能であるといいくるめようとする。だが人民の多くが批判的に考える能力をもつ場合には、このようなごまかしは見破られてしまう。だから戦争挑発者たちは、思想の自由を弾圧して批判的に考える力を人民から奪おうとする” – 世界十五大哲学(1962年)

いつの時代も同じだね。 日本を取り戻す、とはよく言ったものだ。… READ MORE