ネガポジ反転

仲間はずれにあえば「これから人目を気にせず何でもやれる」てことだし、「私なんて何も出来ない」と思うのは「だからこそ何だってこれから出来る」てことだし、就活に失敗すれば「就職以外の可能性が生まれた」てことだし、何事もまあ捉え方次第です。ネガポジ反転!

ネガティブな環境からネガティブな感情が生まれ、自分も他人も傷つけ、よりネガティブな環境に陥って行く。かといって別にその感情を殺してまでいつもニコニコしてろって訳では無く、そんなネガティブな自分を受け入れるってこと。辛い環境からは逃げていいし、死にたい時は死にたいとつぶやいていい。

生きてれば誰しも辛い過去や劣等感はあるだろう。そのネガティブな状況・感情に意味を見出し、ポジティブに変え次の一歩に繋げる。自分で自分を許して、受け入れて、優しくしてあげる。世知辛い世界の中で、せめて自分だけは自分に優しく。自分に優しい人は、他人にも優しくなれる。… READ MORE

月曜は祝日です

月曜日が憂鬱な方も多いのではないでしょうか。自殺が一番多いのがこの月曜日だったりします。はぁ、学校、会社行きたくねえ、死のう…となる訳です。朝からビール飲めば全てどうでも良くなります。死を選ばなきゃいけないほど頑張ることなんて無いんです。

月曜日の憂鬱は朝ビールで乗りきる。そのまま布団にこもるも良し、降りる駅を通過してそのまま遠くに行ってみるも良し、公園でぼうっとハトに餌をあげるも良し。学校や会社をさぼって、いつもと違う風景を眺めてみる。灰色の世界に少しずつ色彩が帯びてくる。ダメな人間でいいんです。ビールクズで。

いいですか、僕はもう既にビール飲んでますよ、そんな仕事の支度をしたり電車に乗ったりしてる間に、僕は先に行ってますよ、早く追いついて。今日はそういえば祝日だった。思い出した。今日は祝日です。決めた。誰かの誕生記念日。誰かおめでとう。ありがとう。いいですか、みんな、今日は祝日ですよ。… READ MORE

死の気配

人の死に触れて思うのが、死の気配みたいなものだ。普段はみんな目を背け、気付かないふりをして生きているが、死の気配は常に人のそばにある。身近な人の死によってしかそれを思い出せないのは悲しいが、その死に意味があるとするなら、そういうことなんだと思う。生きるとは、死を感じること。

街中では恋の歌が流れ、雑誌や本には夢や希望の文字だらけ。別に悪いことじゃ無いが、それは死の気配を意識したくない人間が求めるからなんだな。そういった言葉でラッピングして見えないようにしたところで、死の気配からは逃げられない。夢を持つほど、幸せであるほど、死の気配は大きくなっていく。

死にたい、と願う気持ちは、死の気配の端に触れている。死を考え、死を感じて生きる。夢や希望だけを見て、死の気配に気づかないふりをして生きるより、よほど健全な気もする。生きたくてもあっさり死んじゃう人も、死にたくても死ねない人もいる。死ぬときは死ぬんだよね。僕らは死ぬ為に生きている。… READ MORE

人生の転機

「人生の転機はなんですか?」なんて質問をされることがよくあるけど、僕には「いや、とくに無いですね…」としか答えられない。いつか女神が舞い降りて、自分の人生を変えてくれる、なんてことを信じてどうすんの?と思う。はっきり言って、転機と呼べるほどの出来事なんて、人生においてそうそう起きたりなんかしない。人はドラスティックな変化や出来事を期待するが、結局のところ目の前のやるべきことをやってくしか無いと僕は思う。

目の前のやるべきことを前のめりで形にしていって、後年振り返った時に、ようやくその点が線として繋がってみえる。その線の延長線が、やがて自分のやるべき事として自分の前に道として見えてくる。そういうもんじゃないかなあ。そういった意味であえて言うと、夢や目標なんて持たなくていいと僕は思う。ただ目の前の、自分のやるべき事を、前のめりでやれば、それでいいんだよ。もし夢があるのなら、あなたはそのために昨日は何をして、明日は何をするつもりか、なんてことを、僕は逆に質問するけどね。… READ MORE

心の穴

人が抱える劣等感や罪悪感や妬み憎しみ怒りなどを、僕は「心の中にある臭いを放つドロっとした液体の入った壺」だと今まで言ってきたが、二村ヒトシさんは著書の中でそれをシンプルに「心の穴」と定義していた。求める気持ちや人を傷つけてしまうネガティブな感情と共に、その人の魅力もその心の穴から湧き出てくる。

大事なのはその湧き出てくるネガティブな感情を自らふさいだり、他人に蓋を求めたり、コントロールしようとするのでは無く、自分で受け入れて、許してあげること。自分を承認できる人だけが、他人をも承認してあげられる。そしてその代替不可なドロ壺こそがその人固有の魅力となり、その人の物語になっていく。… READ MORE

愛の反対

愛の反対は無関心、とマザーテレサは言った。つまり愛とは関心を持ち続けることなのだな。求めるのでは無く、関心を持ち続け、与え続ける。見返りを求めずに。世の中を見渡してみると、愛とは求める事だと勘違いしている人も多い。流行る恋愛ソングもそう。「会いたくて震える」どんだけ求めるんだ笑

ああ世の中は欲望で満ちている。流行曲の歌詞は愛を求めまくり、テレビでは相変わらずセレブの特集をやってるし、ネットではモテる方法がバズる。もっと愛して欲しいもっとお金持ちになりたいもっとモテたい。もっともっと、と欲する気持ちが人も社会もおかしくする。まあ人の事なんて言えないけどさ!

愛を求めたりするから、それが手に入らない時に勝手に絶望してしまう。もっと自分だけを見ていて、と欲する気持ちや執着が、人を狂わせる。愛とは求めるものでは無いんだな。独善的に、一方的に、愛する。これが愛の態度。愛に限らず信頼や友情も同じ。心の何処かで見返りを求めて信頼するから勝手に裏切られた気持ちになってしまう。信頼するとは一方的な行為なんだよね。なーんて、偉そうな事を言える身分では無い、僕です!… READ MORE

絶望こそが美しい

人はすぐに何かを求めてしまう。金が欲しい、時間が欲しい、見返りが欲しい、自分だけを見ていて欲しい、良い人だと思われたい、助けて欲しい、恩返しして欲しい、幸せになりたい。求めるから、それが満たされない時に、人に絶望してしまう。僕はもう、人に何かを求めることはやめたよ。

人間なんて所詮、感情や打算で自分勝手に動く汚い存在だ。だからと言って人を信じることを諦めるのでは無く、その前提に立ち、見返りなんて求めずに一方的に人を信じる。そもそも人を信じるとか救うなんて、一方的で独善的でワガママな行為なんだ。見返りを求めなければ、絶望することも無い。

心のどこかで「信じているから報われるはずだ、助けてあげたんだから恩返ししてくれるはずだ」と見返りを期待してしまうから、それが帰ってこない時に勝手にがっかりしてしまう。人を信じたり助けたいと思う行為は「金を貸したらあげたと思え」という言葉とも似ている。つまり一方的に与えればいいんだ。… READ MORE

しにたい=しあわせになりたい

「しにたい」とは「しあわせになりたい」の略だ、なんて上手いのか上手くないのかわからない話を聞いた。でも確かに、幸せを求めることは苦しみを抱える事であり、苦しみを抱えると人は死にたくなるもんだ。死ぬとき、全ての執着から解放され幸せになれる。そういう意味ではまあうまいこと言うなあと。

この世は絶望に満ちている。希望を持つから絶望する。絶望からはじまる繋がりで、破壊力で、僕らは生を通して表現し続ける。大先輩だけど宮崎駿さんの引退の言葉「この世は生きるに値する」は絶望の先から生まれた言葉だと思う。僕にはまだ生きる意味もわからないが、死ぬ意味もわからないから、とりあえず生きながらえている。… READ MORE

骨を呑む

自分の生きてる意味なんて、死んだ後にしかわからない。生きてれば辛い事なんてたくさんあるけれど、それを意味あるものに出来るか出来ないかは、生きてる間に自分がどう動くか。同様に、身近な人の死も、結局のところ死んだ後にしかわからない。いなくなって初めてありがたみを知る。悲しいけど。

ゴッホの評価が死後に上がった様に、生きてる間の価値なんて、結局のところ意味が無い。そういう意味で死ぬタイミングみたいなものはあるのだなあとは思う。坂本龍馬が、尾崎豊が、ジェームズディーンが、リバーフェニックスが早死にした様に。有名無名に関わらず、それぞれにそれぞれの死の意味がある。

いやまあそのなんだ偉そうな事言ってみたものの。結局のところ、自分が生きてる意味なんて、死んだ後に残された人がそれぞれにつけるって事だ。自分の死を、ある人は人生の転機にするだろうし、ある人は素通りするだろうし、ある人は文書に残すだろう。そういう意味では、自分の生に、意味は無い。… READ MORE

一周忌

昨日は(昨年11月当時の記事です)自ら命を絶ってしまった友人の一周忌なのでした。「こうしとけば良かった」なんて当時は悔やんだが、どれだけ悔やんだところで彼は戻らない。ただ僕に出来るのは、彼が自分で決めた彼自身の生の終わりを尊重することだけ。そう思うしかないよね。人には死ぬ権利がある。悲しいけど。そう思う。

かつてイケダハヤト君の「なぜ人を殺してはいけないか」という記事が話題になったけど、僕の答えは「人には自分の生の最後を自分で決める権利がある」からだと思うんだよ。殺人はそれを侵害する行為だから駄目なんだ。でも行き場を無くした子が自殺するのは他殺だとも思う。だから駆け込み寺を僕はやっている。… READ MORE

台所の掃除から

昨年の人生相談イベントでゲストの哲学者・苫野さんが「何をやればいいのかわからない、という子にはまず台所の掃除を勧める」と言っていたのが面白かった。この世の中には目に見えない網が無数に張り巡らされていて、何がフックになって引っかかるかわからない。掃除から何かが繋がり、やるべきことが見つかるかも知れない。

「何かをしたいけど何をしていいのかわからない」なんて子は多い。そんな子に僕がよくアドバイスする、「身近な半径数メートルにいる人の喜ぶことをやってみな、そこから次に繋がることがあるかもしれない。最悪何にもならなくても、その人の笑顔が見れるだけハッピーじゃん」と言うものにも似ている。… READ MORE

波と付き合う

僕もニート時期が長かったからわかるんだけど、何もすることも無く、例えしたいことがあっても家を出ることすら出来ないのって意外に辛いんだよね。そんな時は変に抗わずに「今はそういう時期なんだ」と休憩だと割り切って自分を受け入れる。本読んだり映画みたりね。人生、そんな時期があってもいいよ。

そうするとまたムズムズして外に出てみたくなってくる。どんな人間でも躁鬱はあるよね。鬱や引きこもりを無理に抑え込もうとするから死にたくなってしまう。むしろその波と上手く付き合う。そのうち、そろそろ落ちそうだな、とか自分でもわかってくるから。そうしたら少なくとも準備は出来るよね笑。… READ MORE

電話悩み相談

時間がちょっと空いたので知らない子たちからの悩み相談電話に折り返してるのが今。

起業したい、死にたい、学費が無い、つまんない、様々な相談が一日十数件近く電話に寄せられるけど、イタズラは全く無いな。勇気出して電話してくれた子にはなるべく返したいけど、全てにはどうしても対応出来ないから出たり出なかったりするけど、なかなか出ない時はSMS送ってくれると助かります。

結局ね、こうやって僕を慕って相談してくれる子たちと少しずつコミュニケーションをとって、全てを掬えなくても一つずつ変えてくしかないんだと思ってる。閉塞的な社会ではみんな革命を求めるが、僕には劇的な変革なんて起こせない。泥臭くいきます。… READ MORE

起業するなら哲学を

起業をしたい子には、ビジネス本では無く、宗教や哲学本をお勧めするなあ。経営は結局のところ、他人や自分の心とどう向き合うか、が大半だから。宗教は最古の組織体でもある訳だしね。後は社会学本もお勧めかな。起業とは、社会や時代という大きな物語の中に、自分の物語を重ねることだから。

哲学や宗教本には別に答えなんて何も書いてないよ。何かやりたいけど何をしたら良いのかわからない、なんて子は、自分自身の物語が欠如していると思う。自分が起業などしなくても回るこの世の中で、あえて何かをやる意味や自分とは何かを考え物語を再構築する。そして宗教ではなく自身の物語を信仰する。

かつて宗教を信仰し信仰対象を絶対化することで、人は死や悩みや理不尽な事を相対化させ乗り越えてきた訳だけど、起業とは自身の物語にそれを求めることなんだと思う。即ち、コンプレックスや過去の辛い出来事を自分の物語の中で相対化させることで、その人だからこそやる意義のある事業が生まれる。… READ MORE

反原発ということ

放射能を恐れ家族で遠くに避難するということ。社会との接続を断ち自然と共に暮らすということ。被災地の食材を食べないということ。まだそこに住む被災者の存在を無視し放射能の恐怖を煽ること。個人レベルでの逃避行動は否定出来ないが、それは結局社会との決別を意味するのではないか。

遠隔地に越すことで放射能から家族を守ること。現代文明を否定し自然と共に暮らすこと。その選択が正しいのか正しくないのか僕にはわからないが、自分を社会から切り離して生きて行けるのか。根本から見直すべき問題があるんじゃないか。震災後あれだけ皆が言ってた「絆」を断ち切る行為なんじゃ無いか。

自分を社会から切り離し、遠くに逃げた先から「被災地の食材は食べるな」「福島は隔離しろ」「奇形児が産まれる」なんて煽る行為は、この危機的な状況にある日本の中で、あまりにも自分のことしか考えていない様にも見える。もっと根本的に、日本や社会を変える視点で生き方を考えるべきなんじゃないか。… READ MORE