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等価交換的人間関係

人間関係にまで等価交換的な思考が浸透してしまっている。金を払ってるのだから、こんなに信用しているのだから、こんなに時間を割いてるのだから、こんなに愛してるのだから、こんなに頑張ってるのだから、等価となるものを寄こせ、返せ、と。だから満たされない時に損した気分になってしまう。

全ては等価交換であるべきだ、対価と同等の満足が得られて当然だ、と考える人は多い。等価交換では成り立たないものなんて世の中にはたくさんあるのに、そう思考するから満たされずに不満ばかりが蓄積されていく。そうして欲望が増大していき、また別のもので満たそうとしてしまう。

つまり、みんな消費者的態度でしか人間関係や物事を考えられなくなってしまっている。そのスパイラルに入ると「損した」という不満を常に抱えることになってしまう。金を損した、時間を損した、手伝って損した、心配して損した、愛して損した…なんてね。それって本当に損得で考えることですか、と。… READ MORE

軸をずらす

他者と自分を比較するから劣等感を持ってしまう。自分は人より劣っている、どうせ勝てっこ無い、負けて傷つくのが怖い、どうせ俺なんて…。それはやがて妬みなどに転換され、自他共に傷つけてしまうことになる。比較せずに生きるためにどうしたら良いか。それは「戦う軸をずらす」ということだと思う。

「戦う軸をずらす」とはどういうことか。例えば学校や会社で、試験の点数や売り上げだけを競っていても、上には上がいるしやがて疲れてしまう。だったらそこに評価のモノサシを置かず、いっそのこと軸をずらしちゃえばいい。ずらし先は何でもいいが、わざわざ比較する様なことじゃ無いものの方がいい。… READ MORE

人嫌いは長所

人嫌いな人はそれを長所だと思えばいい。人嫌いだからこそ他者に期待も依存もせず勝手にガッカリすることも無いだろう。客観的に人を見ることが出来るだろう。嫌われることを恐れずに嘘をつかずにいられるだろう。一方的に思うことが出来るだろう。人は人を好きであるべきだなんて思い込みでしか無い。

嫌われることを恐れ、何でも受け入れたりこびたりすること、それは優しさでも何でも無く、ただ自分の自信の無さや不安な気持ちを一方的に押し付ける、ある意味自己中心的な態度であり、相手に全ての判断を委ね、なすりつけ、どの様な結果にしろ相手に罪悪感を抱かせる残酷な態度でもある。

みんなに好かれたい、誰にも嫌われたくない、そんな気持ちから来る寛容性は、実は優しさでも何でも無い。そんな表面的なお人好しの人好きであるよりは、嫌われることを恐れない人嫌いであるほうが、よほど他者に対して誠実であるとも言える。… READ MORE

世間と社会

よく美談とされる「財布を飲食店に忘れて二時間後に戻ったけどそのままそこにあった、日本最高!」と言う話と、「妊婦が電車に乗ってて誰も席を譲らない、日本おわた」と言う話は実は同じで。日本人は自分の関わる「世間」の目は気にするが、自分と関係無い「社会」には無関心なのである。という話。

んで、これ実はよく日本人の言う「空気」いわゆるKY、同調圧力の話に繋がる。自分と関係無い「社会」には無関心だが、自分の関わる「世間」の目は気にする日本人。自殺も、イジメも、マイノリティが生きづらい問題も、全部ここに繋がってくる。

これは日本における宗教観も繋がってくる。キリスト教の絶対的な唯一神の前では社会も世間も相対化されるが、(建前上)無宗教の日本では世間の目が絶対化されてしまう。それがいわゆる「空気」となり、同調圧力となってしまう。… READ MORE

違いを違いとして

僕らが”現代の駆け込み寺”と称してやっているシェアハウス、リバ邸がNHKのハートネットTVに出てました。

日本各地にあるリバ邸は自主性に任せているので色も住人も運営スタイルもバラバラだけど、外部からは「リア充ぽい子が多いイメージ」だなんて声が聞こえてくる事も少なくない。

一見リア充に見えるからこそこれまで見過ごされてきてギリギリの所を生きてる子も社会にはたくさんいると思う。リア充だけど病んでる人も、非リアだけど人生が充実してる人も、そりゃいるでしょうよ。リア充/非リアで人間を分けるやり方は、勝ち組/負け組という言葉くらい僕は嫌いだな。… READ MORE

ジョブズと犯罪者

秋葉原殺傷事件・加藤智大死刑囚の「解」を読む。家庭環境も特殊だったみたいだが、仕事や友人といった社会との接続を失い徐々に追い込まれていくなんてことは今の時代誰の身にも起きうること。社会との断絶を極端なまでに恐れた彼と、自分の違いは一体何なのだろうと本当に考えさせられる。

痛みを与えて改心させる考え方は自分に限らず巷にありふれている、と加藤被告は言う。対向車のハイビームにハイビームで対抗するドライバー、往復ビンタをする教師、子の食事を抜く親、戦争、etc…。いずれも「正しいのは自分で、間違った相手の考え方を痛みで改めさせようとする行為だ」と。

加藤被告の考え方は理解出来ないし自分とは全く違う人種だ、なんて思う人もいるだろうが、僕はそうは思わない。痛みで相手を改心させる、なんて行為は被告が言う様に巷に蔓延しているし、感情の生き物である人間がそういった行動に出るのは理解出来る。理解出来るからこそ、違いは何だろうと悩む。… READ MORE

日本を取り戻す

“戦争挑発者たちは美しい名目をかかげて、戦争を美化し侵略戦争を防衛本能であるといいくるめようとする。だが人民の多くが批判的に考える能力をもつ場合には、このようなごまかしは見破られてしまう。だから戦争挑発者たちは、思想の自由を弾圧して批判的に考える力を人民から奪おうとする” – 世界十五大哲学(1962年)

いつの時代も同じだね。 日本を取り戻す、とはよく言ったものだ。… READ MORE

手紙を書くように

身近な人の顔を思い浮かべて、手紙を書くようにビジネスをつくる。何かをやろうとする時に、喜ばせたい誰かの顔が思い浮かばないものは、結局誰にも刺さらないと僕は思ってるよ。

例えば自分の親や友人が喜んでくれるようなことをしたいなーと思う時にF1層だのターゲティングだのマーケティングだなんて言葉は出てこないはずなんだな。そうやって綺麗な言葉で匿名化されて、誰に刺さってるのか良くわからない物がこの世の中には氾濫している。… READ MORE

自分の輪郭

自分のことは自分が一番知っているなんてのも、本当の自分なんてものがどこかにあるだなんてのも、全くの嘘っぱちで、他者の中にある自分を見つけていくことで、自分の輪郭に触れることくらいしか出来ない。結局のところ、誰も、自分ですらも、本当の自分なんてわからない。他者の中にある自分を見つけることが、自分を知ることであり、他者を知るということなんだ。… READ MORE

理不尽の意味

生きていれば色んな理不尽な目に遭う。生まれながらにハードモード、家庭環境、友人関係、いじめ、DV、恋愛、病気、身近な人の死…。自分にもコントロールしようの無い、圧倒的な理不尽な目。人生はなんと不公平なんだ。でも、それを悔やんだり恨んだりし続けても、生き辛さだけが残ってしまう。起きてしまったことを無かったことになんて出来ないが、起きてしまったことの意味を自分で見つけだし、それを次に繋げることは出来る。

逆に言えば、次に繋げることしか出来ないんだと僕は思う。… READ MORE

想い続ける

地元の生産者の方々と交流をしながら、被災地の食材を食べつくすイベント、「解放食堂」を始めたきっかけは、高木新平と共に被災地を回った時の出来事でした。僕らは連日、地元の漁師さんが集まるようなスナックに行っては酒を浴びる様に飲み、ベロベロになりながら、ももクロなんかを入れて踊ったりしてたんだよね。地元のお客さんも巻き込んだりして。

ほんで、スナックのママに「もう帰りなさい」とか怒られて帰ろうとしてた時、お店の若い女の子が「今日はとても楽しかった、ももクロを踊れる日が来るとは思わなかった、地元の人間でもふざけたりしちゃいけない”空気”が震災後ずっとあったから…」と言ってくれたんだよね。… READ MORE

耳をすませば

野々村さんの件はさ、確かに面白かったし僕も笑ってしまったけどさ、ああいった方を選んでしまった僕らがいる訳で、そしてああいった方だったということを見抜くことが出来ない選挙システムにも問題がある訳で。問題の本質を見誤ってはいけないよね。少なくとも面白がって叩いてるだけでは何も変わらない。

マスゴミマスゴミだなんて普段はマスコミ批判をする割りに、結局のところ批判と同じことを自らやってしまっているということに気づいたほうがいい。

野々村さんもヤジ議員も淫行議員も、選んだのは僕たちなんだよね。持ち上げては落とす、を国民一丸となってやってるうちは、何も変えられないと思う。… READ MORE

戦う相手

自分の信じる行動について、とやかく言われたり冷笑されることを、気にしたり、恐れてはならない。過剰に反応したり、弁明に追われたり、仕返しをすることは本質的では無い。

戦う相手を間違えてはいけない。

良い社会をつくるには、自分の信じることを、自分のやれることを、一人一人が、ただやること、それだけだと思います。他人に優しくありながら、ね。… READ MORE

付き合いの濃淡

身近な人であっても遠くの人であっても、他人との間に「僕」「あなた」以上の重み付けや濃淡をつけることが、先天的なものなのか、僕には出来ないことが最近わかった。だから身近な人ほどどんどん離れていくのだろう。僕が思う以上に、人は関係性を重視し、そこにラベルを付けたがるものなのだ。

「僕」と「あなた」という点を繋ぐ紐を引き、その紐に「友人」「恋人」「親子」といったラベルを付け、強度や距離で相手との関係性を確認する。繋がりとは、そういうものなのかもしれない。でも残念ながら、僕にはその紐をうまく感じることが出来ない。だからよく怒られたり呆れられたりしてしまう。… READ MORE

やれやれ

胃の痛みは突然襲ってきた。まるで、真夜中に鳴り響く電話の様に。胃痛も電話もいつだって唐突で、そして暴力的だ。やあ、と僕は当たり前の顔をして言った。テキーラとイエガーを混ぜた酷いカクテル -それはドブを思わせた- を朝まで飲み続けたのだ。(略)そうして僕は急性胃炎になったのだ。

…と言うわけで、急性胃炎でこの数日死んでました。復活しつつありますが、消化の良いものをググっては恐る恐る食べる日々を送っています。おじいちゃんか。リスケさせていただいた皆様、ご迷惑をおかけしました。すみません。… READ MORE