All posts by “家入 一真

おめでとう詐欺

オレオレ詐欺の被害者が詐欺に気づいた時にまず思うのが「事故に合ったのが孫じゃなくて良かった」らしい。だったらいっそのこと詐欺師は「おめでとうございます!実は孫じゃありませんでした!一割をキャッシュバックしますので、お孫さんに何か買ってあげてください!」と電話したらいいと思う。… READ MORE

クレメンティア

いま急成長中のgumi国光氏はマジで面白い。時代の文脈を的確に捉え、ちゃんと語れる、稀有な経営者だと思う。彼のグローバルマッチョ的な生き方、僕のある種ノマド的な生き方・活動は、一見相反する様に見えるが、実はどちらも「大きな物語」が終わってしまった日本における、新しい自己実現の形なのだ。

国光氏が経営者として大事にしているのは、カエサルにおけるクレメンティア(寛容)である。カエサルは「自分自信に忠実であるために、他者にも寛容であれ」と言い、いつかまた敵になるであろう敗戦国の兵士を捕虜や奴隷にすることは無かった。「寛容」これはこれからの時代のキーワードでもあると思う。… READ MORE

目を背ける

僕らはいつだって死から目を背けて張りぼての希望にしがみついて生きている。イルミネーションやラブソングはキラキラ輝いて死の気配を見えなくするが、死の気配なんてものはいつだって僕らの側にある。死と対峙することから見えてくる生があるはずだ。光は闇を消し去るが闇からは光が良く見える様に。… READ MORE

カツオ?

カツオ?怒りや妬みといった負の感情はどんどん周囲に感染していくものよ。怒られても、悪口を言われても、馬鹿にされても、「ま、いっか!」と思えるかどうかで感染は止めることが出来るわ。負の感情に負の感情で立ち向かうと、結局その毒でやられるのは自分なのよ…ってこら!待ちなさ〜い!… READ MORE

大ボラ

ティムバートンのビッグフィッシュを観た。ビッグフィッシュとは大ボラ吹きの意らしいのだけど、日本でも同様に「逃した魚は大きい」「話に尾ひれがつく」なんて魚にまつわる言い回しがあるのは面白いなあ。「釣り」もそうか。

大ボラは時としてクリエイティブだ。かつて旧日本軍の財宝を探しているというトレジャーハンターに騙されたことがあるのだけど笑、今でも地球の何処かで穴を掘り続けてるのでは無いかと思っている。僕を魅了し出資をさせた、あの時の話が完全に大ボラだとするなら、それは本当にクリエイティブだった。

まあ現実と妄想の境い目なんて曖昧で、未来が計画通りに行くか、自分や他人の記憶が現実に即しているのか、なんて確認しようも無い以上、”たった今”以外の未来や過去の話は全てホラとも言える。ホラであることを前提として、それを一方的に信じるか信じないか、ただそれだけのことなんだな。… READ MORE

僕らは僕らで

グローバル化、市場の成熟・飽和、少子高齢化、etc…でダメになってく日本の中で、国に依存せず、自ら居場所を作り寄り添って生きて行く。俺らは俺らでやるよ、と。これが新しい幸せの形なんじゃないか。

世の中には多数の網の層があるよね。会社、学校、地域、家族、友人、行政。その全ての網目からスルスルと一番底まで落ちてしまう子たちがいる。僕もそうでした。そんな子たちの居場所はどこにあるんだろう、と。行政に期待してもしようがない。僕らで作るしか無いんだよね。

そんな僕らの居場所作りに必要不可欠なのが、共同生活の場とネット。現代の駆け込み寺(シェアハウス)”リバ邸”を日本中に作りつつ、ネットで場所や従来の関係を飛び越えた、新しい人の繋がりを作ってく。それが弱い子たちの新しい家族の形になり得るんじゃないかな、と。… READ MORE

諦め幸福論

幸せとは満たされることなのだとするならば、ほどよく適当なところで諦めるということもまた必要なのだろう。まあここらでいっか、ってね。もっともっと、と求めるうちは、決して満たされることは無いのだから。

もっと自分だけを見て、もっと自分の話を聞いて、と他者に求める気持ちもまた、いつまでも満たされず不満だけが増長していく。それはやがて依存や束縛を生み、お互いを傷つけるだけの結果で終わるだろう。相手に対し、適当なところで諦め、許し、受け入れる。それが満足するコツだとも言える。

もちろん人間だから、ここには無いものを手に入れたい、見たことない風景を見たい、自分だけを見ていて欲しい、そういった欲する気持ちは無くなることは無いだろう。夢や目標にチャレンジし続ける幸せもあるだろう。だけど、適当なところで諦めることから見えてくる幸せもあるんじゃないか。という話。… READ MORE

フラスコ人生

人生なんてしょせん死ぬまでの実験だよなあ。そう考えれば失敗も恥ずかしい思いも全ておいしいネタになる。失敗も成功も怒りも涙もコンプレックスも辛い過去も全部フラスコにぶっこんでグツグツ煮ちゃえ。生きてる意味なんて、死んだ後にしかわからない。実験実験。… READ MORE

仕組みのハック

国や社会や行政や学校といったレイヤーの網目の隙間から落ちてしまった子たちの居場所を作るのが僕らのやってることなんだよね。別にそれは慈善でも何でもない。ただ、国に頼れない中で、僕らは僕らで勝手にやるよ、と。

別に既存の仕組みを否定するつもりもひっくり返すつもりも無い。ただ、その既存の仕組みをハックする形でアップデートする。働き方を、居場所を、資本主義を、行政を、政治を、宗教を、ハックする。それが僕らのやるべきことなんだよね。… READ MORE

ビール教

宗教の本質とは、理不尽で暴力的な出来事にぶち当たってしまった際に、人知を超越したところに祈り救いを求めることで、自分だけでは解決出来ない問題と折り合いをつけながら生きてくということだろう。要するに僕にとってのビールなのだ。… READ MORE

絶望の国

あらゆる市場が成熟しきってこれから縮小しか無い国、日本。そんな日本に希望があるとすれば、弱者やマイノリティなど他者に優しく、寛容な国になることだろう。

いじめ、就活苦、ブラック、社畜。グローバル化に取り残され、少子高齢化も世界の最先端。地震も原発も未だに抱えたままの、絶望の国、日本。希望があるとするなら、世界中の弱者やマイノリティにとっての希望の国になることなんだと思う。こんな国だから、これからがある意味超面白い。絶望からしか新しいものは生まれないと僕は思っているよ。… READ MORE

ネガポジ反転

仲間はずれにあえば「これから人目を気にせず何でもやれる」てことだし、「私なんて何も出来ない」と思うのは「だからこそ何だってこれから出来る」てことだし、就活に失敗すれば「就職以外の可能性が生まれた」てことだし、何事もまあ捉え方次第です。ネガポジ反転!

ネガティブな環境からネガティブな感情が生まれ、自分も他人も傷つけ、よりネガティブな環境に陥って行く。かといって別にその感情を殺してまでいつもニコニコしてろって訳では無く、そんなネガティブな自分を受け入れるってこと。辛い環境からは逃げていいし、死にたい時は死にたいとつぶやいていい。

生きてれば誰しも辛い過去や劣等感はあるだろう。そのネガティブな状況・感情に意味を見出し、ポジティブに変え次の一歩に繋げる。自分で自分を許して、受け入れて、優しくしてあげる。世知辛い世界の中で、せめて自分だけは自分に優しく。自分に優しい人は、他人にも優しくなれる。… READ MORE

月曜は祝日です

月曜日が憂鬱な方も多いのではないでしょうか。自殺が一番多いのがこの月曜日だったりします。はぁ、学校、会社行きたくねえ、死のう…となる訳です。朝からビール飲めば全てどうでも良くなります。死を選ばなきゃいけないほど頑張ることなんて無いんです。

月曜日の憂鬱は朝ビールで乗りきる。そのまま布団にこもるも良し、降りる駅を通過してそのまま遠くに行ってみるも良し、公園でぼうっとハトに餌をあげるも良し。学校や会社をさぼって、いつもと違う風景を眺めてみる。灰色の世界に少しずつ色彩が帯びてくる。ダメな人間でいいんです。ビールクズで。

いいですか、僕はもう既にビール飲んでますよ、そんな仕事の支度をしたり電車に乗ったりしてる間に、僕は先に行ってますよ、早く追いついて。今日はそういえば祝日だった。思い出した。今日は祝日です。決めた。誰かの誕生記念日。誰かおめでとう。ありがとう。いいですか、みんな、今日は祝日ですよ。… READ MORE

死の気配

人の死に触れて思うのが、死の気配みたいなものだ。普段はみんな目を背け、気付かないふりをして生きているが、死の気配は常に人のそばにある。身近な人の死によってしかそれを思い出せないのは悲しいが、その死に意味があるとするなら、そういうことなんだと思う。生きるとは、死を感じること。

街中では恋の歌が流れ、雑誌や本には夢や希望の文字だらけ。別に悪いことじゃ無いが、それは死の気配を意識したくない人間が求めるからなんだな。そういった言葉でラッピングして見えないようにしたところで、死の気配からは逃げられない。夢を持つほど、幸せであるほど、死の気配は大きくなっていく。

死にたい、と願う気持ちは、死の気配の端に触れている。死を考え、死を感じて生きる。夢や希望だけを見て、死の気配に気づかないふりをして生きるより、よほど健全な気もする。生きたくてもあっさり死んじゃう人も、死にたくても死ねない人もいる。死ぬときは死ぬんだよね。僕らは死ぬ為に生きている。… READ MORE

人生の転機

「人生の転機はなんですか?」なんて質問をされることがよくあるけど、僕には「いや、とくに無いですね…」としか答えられない。いつか女神が舞い降りて、自分の人生を変えてくれる、なんてことを信じてどうすんの?と思う。はっきり言って、転機と呼べるほどの出来事なんて、人生においてそうそう起きたりなんかしない。人はドラスティックな変化や出来事を期待するが、結局のところ目の前のやるべきことをやってくしか無いと僕は思う。

目の前のやるべきことを前のめりで形にしていって、後年振り返った時に、ようやくその点が線として繋がってみえる。その線の延長線が、やがて自分のやるべき事として自分の前に道として見えてくる。そういうもんじゃないかなあ。そういった意味であえて言うと、夢や目標なんて持たなくていいと僕は思う。ただ目の前の、自分のやるべき事を、前のめりでやれば、それでいいんだよ。もし夢があるのなら、あなたはそのために昨日は何をして、明日は何をするつもりか、なんてことを、僕は逆に質問するけどね。… READ MORE