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物語を意識するということ

(社内wikiより)

お疲れ様です。家入です。
突然ですが引用します。

インターネットは、「伝える仕組み」です。いわば、人間の生み出す情報という「料理」をすばやくどこにでも届ける「お皿」です。ほんとうは、一番面白いのは、お皿に何をのせるかということのはずです。お皿自体には、ぼくはあまり興味がないのです。

15年前に発刊された糸井重里の「インターネット的」の一文です。
糸井さんはまたこうも言っています。

 (インターネットにおける)もうひとつの大切な鍵は「シェア」です。翻訳するなら、「おすそわけ」といったニュアンスでしょうか。(中略)
 人や企業が、シェアということを、もっと大事にしていくようになったら、いままでの社会の仕組みが、ガラッと変わってしまうかもしれません。
楽しみやごちそうを、上手に分け与えてくれる「おすそわけ」の上手な人は、みんなによろこばれるし信頼もされますねよね。
 それと同じように、シェアの上手な会社は、これからの時代には、とても好感を持たれることになるのではないかと、ぼくは思っています。

まだツイッターもフェイスブックもなかった頃に、ここまでインターネットの本質を見抜いているとは、さすがだなあと思います。

シェアとは感情のおすそ分けである。物語に共感するからこそ、その物語を、その感情を、誰かにおすそ分けしたくなる。それがシェアの本質。

僕がプレスリリースに毎回毎回ポエムを入れて!ってお願いするのも、こういうことだったりします。せっかく出すリリースなんだから、たくさんの方に共感してもらいたい。シェアしてもらいたい。そのためにはプレスリリース自体の単なる事実もさることながら、「なぜやるのか」「なぜやらなきゃいけないのか」「どういった思いがそこに込められているのか」と言った物語が大事なんです。

「ネットショップを立ち上げたいけど難しくてどうしたらいいかわからない」大分で小さなブティックをやっているそんな悩めるお母さんのために、鶴岡くんはBASEを作りました。BASEがリリースされる時、「とにかくこの物語を語るんだ」と僕は鶴岡くんにアドバイスをしました。

「困っているお母さんのためにサービスをつくった」という物語がたくさんの共感を呼び、それがたくさんシェア(おすそ分け)された。「便利で無料なサービスが出ました」ただこれだけのリリースだったら、ああ、そういうのが出たのね、と思われるくらいだったかもしれない。(もちろん物語だけではなく、実際にサービス自体も画期的で素晴らしい物だったんですよ!)

バズる、という言葉は僕は大嫌いですが、まあバズの本質とはこういうことだと思っています。

長々と書きましたが、結局何が言いたいかというと、プレスリリースやブログに限らず、表に出す文章は、常に「物語」を意識してください、ということです。

本質を見つめ、「なぜやるのか」「なぜやらなきゃいけないのか」「そこにどういった思いが込められているのか」を意識した文章を。これってPR部やブログ担当だけの話ではなく、全員が心がけるべきことだと思っています。

と、ここまで書いて思った。
CAMPFIREでプロジェクトオーナーに書いてもらうプロジェクト本文も全く同じだね。クラウドファンディングの本質とは、物語のおすそ分けなのかもしれない。

以上ポエムでした。

個人的な物語

豊かになる物語が終わって、成熟したその先の、希望のない物語をいま歩んでいるのだと感じる。否応無く経済が小さくなっていく課題だらけの日本に今いるということ。起業にしろ何にしろ、その課題に対して一人ひとりがどう振る舞うのかを突きつけられているのだと思う。

仕事上若い子のいろんなビジネスプランを聞く機会があるけど、個人的な物語がビジネスを通じて社会の課題解決に繋がってるものを、僕は美しいと思う。

アイデアがたくさんあろうがいくら革新的であろうが、その人にやる意義のないことは全て他の誰かがやれば良い。自分がやらなくて良いこと、やるべきで無いことを消去法で削っていって最後に残ったものが、その人だからこそやる意義のあることだろう。意義の先に物語があり、その物語が人を惹きつける。

やりたい事ばかり探し続けるから自意識がパンパンに肥大化して破裂しそうになる。自分がやる必要のないことを削っていって、シンプルに自分のやるべき事だけを見つめ続けたらいいのだと思う。

まあそんな事、歳とって後から気づくものかも知れんの。

ここでしか見れない景色

もし自分が小さなカフェオーナーだったら、ということを考えると、地方創生については理解しやすくなる気がする。大手レストランの真似ばかりしたり比べていてもお客さんはやってこない。小さくても、華やかじゃなくても、自信を持って言える「何か」は自分のそばにある。それは与えられるものじゃない。

上手くいった他店の真似ばかりした結果、コピペしたようなお店ばかりになってしまう。「こうすれば上手くいきます」なんてやり方は無いんだよね。街並みも、ゆるキャラも、町おこしイベントも、既視感しかない。コピーされるものの価値は限りなくゼロに近くなる、これはデジタル産業に限った話じゃない。

大切にすべきは「ここでしか見れない景色」「ここでしか吸えない空気」ってことですね、コレよくない?よくないコレ?よくなくなくなくなくセイイエー、ってことです。

地方が抱える問題は、承認欲求が人を不幸にするパターンとも似てると思っていて、自分の良さや自分のことを認めてくれている人のことに気づかず、どこかの誰かと自分を比較しては嘆き、誰かの真似ばかりし、遠くの不特定多数に認められようとばかりした結果、身近な人まで去ってしまうという不幸。「ここじゃないどこか」「自分じゃない誰か」ばかり見ていると、大切なものを見失ってしまう。

僕らが立ち上げたCAMPFIRE LOCALがパートナー制をとっているのは、「こういう仕組みが出来たので地域のみんな使ってね!」じゃダメで、ちゃんと自分の地域に根付いた活動をされていて、地域の魅力を知っている方々と、1つずつ一緒にやってくしかやり方は無いんだ、と考えているからです。

地方創生の本質とは、その地域に住む人たち一人一人の小さな物語の集積である、と僕は思っています。

ほら足元を見てごらん

豊かさを目指した大きな物語が終わり、物語以後の日本を僕らは生きている。生活必需品は揃っている。餓死もしない。豊かさは実現した。その先の幸せとは?金も名誉も虚しい。経済危機や震災や津波で全部あっという間に壊れてしまう。学校や会社にいても孤独を感じる。友達はいる。でも寂しい。

何かをしたい。でも何をしていいのかわからない。出来るとも思えない。自信が無い。劣等感や辛い過去が自分を縛る。コミュ障。ネットの向こう側の友人とやりとりしても虚しい。世界に自分一人だけ取り残された気がする。死にたい。死ぬほどの勇気もない。生きたい。でも生きる理由も見つからない。

何だあいつら結局リア充じゃん。リア充は敵だ。羨ましい。妬ましい。むかつくから叩いちゃえ。見渡せば敵だらけ。韓国?中国?全部敵だ。原発も東電も放射能も敵だ。一致団結して叩かねば。生活保護?俺らの血税を無駄にするな。困窮するのは自己責任だ。頑張らないからだ。俺らまで巻き添えにするな…なんてね。

不安な時代、未来が見えないからこそ、何かしら敵を作りだして一致団結し、そこに居場所を見出そうとする気持ちはすごくわかる。みんな不安なんだよね。その思いは右も左もリア充も非リアも一緒なんだよ。

敵を作って叩くことで居場所を見出すのではなく、不安を抱えながら生きざるを得ない僕らだからこそ、対立軸を超えて優しい社会を作っていこうよ。思想の違いはもちろんあるだろう。だけど、お互いにその異なる思想を尊重し合えばいいんだよ。違いを否定するのではなく、許しあう。それが居場所だよね。

対立軸を作ることで一致団結する。動員する。政治する。他国と対峙する。そんな時代もあっただろう。でも僕はもうそんな時代じゃないと思うんだよ。豊かさを実現した。バブルが弾けた。震災もあった。そんな体験をした日本だからこそ、日本人だからこそ、実現できる優しい社会があると思うんだよ。

大きな物語が終わってしまった絶望の国、日本。そんな絶望の国だからこそ作れる、弱い人や少数派や他者に優しい社会だけが希望だと思うし、世界中で絶望を抱えた人たちの希望の国になればいいと思っています。日本という国が好きだから。そんな事を考えながらひとりでファミレスにいますヽ(;▽;)ノ

キロロの「未来へ」がBGMで寂しく流れる、一人きりのファミレスですが何か。ほら足元を見てごらん、これがあなたの歩む道。

とっくに道外しとるわ!

起業するなら哲学を

起業をしたい子には、ビジネス本では無く、宗教や哲学本をお勧めするなあ。経営は結局のところ、他人や自分の心とどう向き合うか、が大半だから。宗教は最古の組織体でもある訳だしね。後は社会学本もお勧めかな。起業とは、社会や時代という大きな物語の中に、自分の物語を重ねることだから。

哲学や宗教本には別に答えなんて何も書いてないよ。何かやりたいけど何をしたら良いのかわからない、なんて子は、自分自身の物語が欠如していると思う。自分が起業などしなくても回るこの世の中で、あえて何かをやる意味や自分とは何かを考え物語を再構築する。そして宗教ではなく自身の物語を信仰する。

かつて宗教を信仰し信仰対象を絶対化することで、人は死や悩みや理不尽な事を相対化させ乗り越えてきた訳だけど、起業とは自身の物語にそれを求めることなんだと思う。即ち、コンプレックスや過去の辛い出来事を自分の物語の中で相対化させることで、その人だからこそやる意義のある事業が生まれる。

うーん。何を言ってるのか自分でもよくわからなくなってきてる笑

絶対化するもので言うと例えば就活なんかもそうで、あれは一種の信仰であり宗教だよね。だから内定が取れずに死を選んでしまったり、就活をしない人を排除してしまう。放射能も、排外主義も同じ様に思う。他に信仰を求めることは悪いことでは無いが、絶対化する対象を間違えてはダメだ。

自身の人生を物語にして自ら信仰することで、コンプレックスや悩みや過去の辛い出来事を相対化させてしまおう。そしてその替えがきかない自分だけの物語こそが、自分が何かをやる時の意義になり、共感する人を仲間に巻き込む力になる。起業や表現ってそういうことだと思う。

いじめ、家庭環境、就活、ニート、ブラック、震災。生きてるだけで理不尽なことだらけだよね。他人が軽く言える問題じゃないが、そのひとつひとつを絶対化させて執着してしまうと、より生き辛くなってしまう。苦しい作業かもしれないが、それらを自分だけの物語で包み込んで、相対化させてしまおう。

ワンオブゼム

“自分”という人間を一つのものとして考えるから、自分探しや自己実現なんてものを追い求めてしまう。見せ方なんて気にしてしまう。何者でもない自分、なんて現実を受け入れられず目を背けようとする。”本当の自分”なんて幻想で、あるのは自分という人間の生きてきた時間と状況の変化の積み重ねだけ。

ナンバーワンよりオンリーワン、もいいけど笑、自分なんてただのワンオブゼムであることを知る。自分なんて所詮、替えのきく大勢の中の一人な訳です。自分なんて存在しなくても、明日も世界は回り続ける。僕はよく、自分のいない世界を妄想するけど、その世界は今の世界と全く何も変わらない。

自分なんていなくても回る世界で、生きる意味や本当の自分なんて幻想を追い求めるから、結局見つからずに絶望する。あるのは自分という人間が生きてきた、時間の積み重ねのみ。つまり自分だけの物語。そしてその物語こそが自分だけのもの。生きる意味なんて無いが、一人一人の物語だけはそこに存在する。

“本当の自分”なんか探さなくても、物語は実はすぐそばに落ちてるんだよね。自分という、社会的に替えのきく、特別でも何でもない、愚かな人間が綴る物語。それだけは替えられない。辛い過去や駄目人間であればあるほど、その物語は面白くなる。成功伝を読んで他人の物語をなぞる必要なんて無い。

本当の自分や生きる意味を外に追い求めたり、無理に自分を変えようとするのでは無く、今まで生きてきたそのままの自分を受け入れて、すでにそこにある物語を見つけ、続きを綴る。自分探しより物語探し。でした。「具体的に何をすればいいのさ」という声も聞こえてきそうだけど、それはあなたの物語。笑

そしてこんな偉そうなことを言ってる僕ですが、またしても先週2つの講演をドタキャンしてしまいました…主催・登壇の皆様、来てくれたみんな、本当にごめん…なさい…本当に駄目なのは僕でした……消えたい…

0円採用

今回僕がやっている様な給与0円採用はやりすぎだとしても、給与額だけで人材を集めようとしてもGREEやモバゲーの提示額には敵う訳がない。それなら軸をずらして、給与以外のメリット、やりがいや意義みたいなものを提示して募集するしか無いよね。そこにメリットを感じる方のみ応募してね、と。

人が集まらない、とただ愚痴ってる会社が多いけど、給与以外のメリットを何も提示出来てないだけなんだな。極端な事を言うと人はメリットを感じないと動かない。給与も低い、意義も感じられない、そんな会社に誰も応募しない。会社の物語を語って、その物語のいち登場人物になりたいと思わせなきゃ。

先日の給与0円採用、数十件も応募が来ている。学生、ニート、社会人、休職中、いろんな子が応募してくれてるけど、みんな何かやりたくてウズウズしてるんだな。ちゃんと返信するのでしばしお待ちを。みんなと会いたい。

週一くらいで0円家入塾みたいなのやりたいなあ。0円で働いてもらう代わりに、0円で起業を教えます。週1、月4回でワンクール。0円で毎月10人、1年で100人キチガイな起業家を産みだす笑。超やばい。

岡田斗司夫さんのFREEexは社員が社長に給与を支払う形の新しい組織だけど、僕らLivertyは給与0円で働いてもらう代わりに、出会いやきっかけや学びや起業といった”機会”を支払ってます。零式会社。まあ法人ですらないんだけど笑、現在200名以上メンバーがいてどんどん増えている。

一億総クリエイター時代

立ち上がりからのスピードが重要なスタートアップこそ、広報PR担当を入れるべきだと思う。エンジニアなどに比べプライオリティ低く考えられがちだけどね。傭兵みたいにスタートアップを渡り歩くPRがいても面白いかもしれない。

良いサービスなのに人知れず消えてくものが多い。良いものを作れば自然と広がるなんて幻想は捨てた方がいい。物余りの時代、人は機能では無く物語に惹かれ物を選ぶ。物語を紡ぎ、語る人間が必要。ただ広告宣伝費をかけるんじゃなくてね。

ネットやSNSの浸透で個を中心とした小さな経済圏が増えている。これはetsyの伸びでも明らかで、一品ものの作品を少しずつ売るクリエイターが急増している。少数の作り手が大儲けする時代は終わり、買い手より作り手の数が上回る時代がくる。これは音楽も出版もファッションも同じなんじゃないか。

一億総クリエイター時代。みんなが聞いてる音楽、誰もが知ってる有名人、みんな憧れの高級ブランド、なんてのが出にくい時代になる。自分だけが見つけた、お気に入りの作家の一品ものを身に纏う贅沢。その作品の放つ物語、メッセージ、作家性を重視して物を選ぶ様になる。

物語や作家性の見えないWebサービスが多い。「このサービスを使う事でこんな生活があなたを待ってますよ」「こんな物語の主人公になれますよ」そこが見えない物に人は惹かれない。少なくとも僕は。この時代にそのサービスをあえて自分たちがやる意味を語り、ユーザーを巻き込んで物語を紡ぐ。