うさぎとライオン

うさぎはあの長い耳で危険を察知して逃げる、逃げた先で態勢を整える。人間も同じ。うさぎに対して、ライオンに立ち向かうことを強制するなんて常軌を逸してる。逃げるということは立派な自己防衛本能だ。いじめやパワハラや災害など、生きる中で出会う、理不尽で圧倒的な暴力からはまず逃げるべきだ。

とある中学校に呼ばれて講演した時に「僕はいじめを受けて学校に行かなくなったが、あの頃は学校が世界の全てだった。大人になってわかったのは、世界は本当に広いということ。学校が全てじゃないです。本当に辛い時は逃げてください。」と話したのだけど、終わった後に校長先生に怒られた(もちろん校長先生の立場から見ると当然のことだとは思う)

後日、生徒たちから手紙をたくさんいただいた。「逃げるのは良くないと思います!」というものももちろんあったが、「自分はいじめられているが、親も先生も立ち向かえとしか言ってくれなかった。”逃げる”という選択肢があることを初めて知りました。」という内容の手紙が何通も。

もちろん、生きてる中で立ち向かうべき局面もあるだろう。逃げ出さずに戦ったおかげで今がある、と考える人もいるだろう。だが、大人が子供に渡すべきものは”選択肢”であるべきだと僕は思います。退路を断たれ、逃げ場を失った子が、心を病んだり自ら命を絶ってしまうなんてのは本当に悲しいことだ。

結局のところ僕は僕の人生の中からしかアドバイス出来ない。逃げるべきところで逃げたことで、僕は生き抜くことが出来たと思っている(立ち向かうべきところでも逃げたことも多いが)。決して一歩も引かず、一人きりでも戦い抜くことで、生きてきた人もいるだろう。その人はまた違う助言をするはずだ。

それをポジショントークと呼ぶのだとすれば、人は結局のところポジションの中でしか発言できないのだろう、とも思う。